ジャーマンアイリス
今回は
「一生安穏にして
弁道無為にあらんと
願ふべし」 道元禅師
今回はちょっと難しいですね。
AIさんで調べてみました。
この言葉は曹洞宗の根本聖典「正法眼蔵」の中に見られる、真の修行のあり方を示した教えだそうです。
この言葉を現代語訳すると
「(名利や悟りを求める心から離れ)生涯、心安らかに、ただひたすらに坐禅(弁道)し、とらわれのない自由な境地(無為)にいることを願いなさい」だそうです。
言葉の解説と意味
- 一生安穏(いっしょうあんのん)
名誉、利益、あるいは「悟りたい」という欲求さえも手放し、どのような境遇でも心穏やかに生きること。 - 弁道(べんどう)
仏道を修めること。特に、道元禅師がもっとも重視した「ただ坐禅する(只管打坐:しかんたざ)」こと。 - 無為(むい)
作為がないこと。何かの目的のための手段としての修行ではなく、それ自体が目的である、とらわれない純粋な状態。 - 願ふべし
そうした境地をこそ、深く願い、実践しなさいという強い勧め。
教えるところ
道元禅師は、修行を「悟りを得るための手段」として考えることを否定しました。修行(弁道)そのものが、すでに「悟り(安穏・無為)」の姿であるという「修証一如(しゅしょういちにょ)」の立場から、日々の生活の中で、ただひたすらに座り、その瞬間を生き切ることこそが最高の人生であると説かれています。


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